Seika's Blog

声楽家 川口聖加による音楽のこと、日常のこと

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発声や唱法について(指導者として演奏家として思うこと)

オランダから帰国してもう4年が経ちました。帰国後、演奏活動をしながら声楽の個人レッスンをしています。生徒さんは、コンサート活動をしている方や、音大受験生、役者志望、趣味の方などさまざまな方がいらしています。以前より、自分自身の発声や、生徒さんを教える上で目指すものは決めていましたが、それで良いんだという確信に近づくきっかけを何度か経験してきました。最近の大きなきっかけは昨年フランスでアニエス・メロンさんに集中レッスンを受けたことでした。彼女は古楽界の第一線で活躍する歌手と同時に、古楽以外にも様々な時代やスタイルのものを自在に歌える数少ない歌手だったのでした。レッスンから帰ってきてしばらくして、漠然としていたことがハッキリと見えるような体験をしました。教えることは最初から好きだったけれども、今は声楽のレッスンを始めた初期のころとは比べ物にならないような内容のレッスンができるようになってきた気がしています。

というわけで、私の考えをまとめてみようと思って、自分の教室のHPにエッセイを書いてみました。決して大きな教室ではありませんが、都合上名前をつけることとなりナーブル音楽教室としました。単純なネーミング♪この名前は積極的には使わないことにします。あくまでも今、私のレッスンを気に入って通ってくださる生徒さんのために存在しているだけの教室ですから、名前はどうでも良くて。そこに書いた記事を、このブログでも以下にご紹介してみようと思います。


「発声や唱法について思うこと」

私の考える良い発声とは「常にバランスが取れていて」「どんな(時代や言語、スタイルの)曲にも柔軟に自在に対応できる」「身体が最終的に楽だと感じる」そして「音楽になる」声のことです。

「のどを開けなさい(でもどうやって?)」「お腹を使いなさい(でもどうやって?)」「~に声を当てて」。どれも正しいと思いますが、その一点に集中した状態がしばらく続くと、たちまち身体は固まり、突っ張った声、不自然なヴィブラートのかかった声が出てきます。

形を決めた方が教える方も習う方も楽ですが、形を形作るのでは上手くいきません。

のどを開ける、のではなく「結果的にのどが開いている」。

お腹を使う、のではなく「結果的にお腹が使われている」。

声を当てる、のではなく「結果的に響きの集まった(と同時に広がった)声が出ている」。

固めるのではなくて、そういう良い瞬間をつかまえ、音楽や言葉にそって向かうべきところに向かうこと。

その時の生徒さんの状態に最も適切だと感じたエクササイズやアプローチで、理想的な状態を目指していきます。今の声を否定して、全く新しい声を「作る」という考え方では、上達は遅く、理想の声は今の声から繋がっているものだという意識を持つことがポイントです。どんな発声のエクササイズも、機械的にならず、音楽から離れていかないように心掛けます。

歌を習いに来るという方は、ピアノなどに比べて少数派です。合唱はやっていても、歌の個人レッスンの教室の扉をたたくなんて、よっぽどの方だと思います。皆さん、発声に悩み、どうにかしたい!という人一倍強い思いを持っていたり、歌うことによっても人生を豊かにしたい、もっと深く歌の作品を勉強したい、と前向きな気持ちでやってきます。

「ベルカントのオペラを歌う人は、ドイツリートは歌えない」???

「歌曲を歌うとオペラが歌えない」???

「古楽を歌う人は古楽しか歌えない」???

どれも真実は違うと思っています。日本では一辺倒な歌い方でそれしか歌えない(もしくはそれすら歌えない?)発声や唱法で歌っている人が目立つというだけで、外国のプロ歌手はきちんと歌い分けています。ただ古楽とロマン派歌曲やオペラを同等な高いレベルで歌える人はまだ少ないです(大変なことで、より勉強が必要だと思いますが不可能ではないと思います)。一方、オペラと歌曲は当然それに相応しいスタイルで歌い分けるのは今の時代では常識です。外国へ行けば、ベルカントの(つもりの?)歌い方で全ての歌曲を歌っているプロを見つけることは難しいでしょう(曲によってはベルカント唱法で歌うことが可能な歌曲もあります。その曲で何がしたいか、ベルカントを使いたいのか、を考えれば良いのです。中にはどんな曲も一種類の唱法で歌っているのに第一線で生き残っている歌手がいますが、やはりそういう人はきちんと音楽をしていて、人を惹きつける力を持っているのかもしれません)。「~しかできない」「~は苦手」という言葉は、興味や価値観の大きさを抜かせば、単なる勉強不足から出る言葉です。音楽に何の差があるのでしょう。もちろんたくさんのジャンルが歌えた人の方が素晴らしい、とか、優秀、とか言うこととも違いますが。

今の時代、イタリアオペラのスターにイタリア人が少ないこと、ドイツ歌曲で活躍している人が必ずしもドイツ人でないのは、いったいなぜでしょう?理論やスタイルにがんじがらめになって、音楽をすることを忘れたり、時代にそぐわないことをしていてもダメだということです(もちろん素晴らしいイタリア人オペラ歌手、ドイツ人のリート歌手もいますので誤解がありませんように)。その時代にそれを「良いな」と思ってくれる人がいなければ、どんなにかつて素晴らしいと讃えられたものでも廃れていきます。それで良いと思います。それと同時に、ただ流行りに乗ったり、聴衆の顔色ばかり窺うのではなく、演奏する人が、今自分が何をしたいか、どう歌いたいか、を心から考えることを忘れてはいけないと思います。聴衆も経験を重ねて、練習不足・勉強不足の演奏や、演奏者自身が何をしたいかを考えていないような演奏、音楽する心のない演奏、やっつけ仕事のような演奏を感じ取ることができますように。テレビやインターネットからの情報で、正しいものだけを自ら判別できるようになることを願っています。外国人だから素晴らしい、東京で活動しているから優秀、留学したからすごい、テレビに出ているから上手い、~所属なら間違いがない、ときには~コンクールで優勝したという経歴も...これらのことは、今のその人が演奏する音楽の価値とどんな関係があるのでしょうか。

自分もまだまだですし、教師も生徒も一生勉強を続けていくものですが、良い発声を生徒さんに体感してもらえるよう、しっかりサポートしたいと思います。歌(おそらく全ての楽器)はしたいことがあっても、こう歌いたい(演奏したい)!というイメージがあっても、その技術(発声)がなければ実現できません。歌を始めたばかりで声を出すこともままならない生徒さんにとっては、ある程度声が柔軟になるまでは、私が言うことがその時は良く分からなくても疑わずに我慢して続ける期間も必要ですが、必ず楽しく、歌いたいように歌えるようになる日に一歩一歩近づいていると信じてやっていってほしいと思います。

「すごい!」とレッスン中に生徒自身が喜んで声をあげたとき、数ヵ月後に(早いときは数回後に)明らかに生徒さんの発声が変わってきたとき、「歌っても苦しくない!」「楽しい!」と生徒さんから良い報告をもらったとき、レッスン後、帰り際に、生徒さんの清々しい明るい笑顔を見ることが、何よりも嬉しい瞬間です。
  1. 2010/05/02(日) 20:59:27|
  2. Voice(声)
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
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コメント

No title

みずかねえさん

ここ2回はちょっと過激なことを書いちゃったかな?とは思っています。まぁ、たまには良いよね。またしばらくは、ほんわかなテーマで綴っていきます。たまの過激発言をまたお楽しみに(?)♪
  1. 2010/05/18(火) 10:10:52 |
  2. URL |
  3. seika #D/skB44U
  4. [ 編集 ]

おお

まさに、聖加が斬る!!って感じで気分すっきり、そしてさすがの文章力で一刀両断。素晴らしいことこの上なし。聖加どのが言明することは、ピアノにも通じるところ、たくさんあります。うんうんうなずきながら拝読いたしました。

ところで、まいこーを歌うんだね?想像がつかないだけに、ぜひ録音が聴きたいところだけども(爆)。ぱぉう!って言うの?ぱぉう!って(笑)
  1. 2010/05/14(金) 00:23:15 |
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  3. Mizuka #-
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